ブクマの増殖スピード

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2月10日14時現在で、ブクマが13、星が4つ。

今までで、自分の記事にこんなにブクマが付くことってなかったので、もちろんとても嬉しいんだけど、ちょっと戸惑ってる。

それで、今日は、ブクマの増え方について考えた。


・ブクマのついていないエントリに、ブクマは付けづらい。


上の記事を少し観察してたんだけど、大体ブクマが4件ついたところから急激に増えていったように思う。

この4件って数字は、ちょうど「はてな」の「注目の記事」に載るあたりのものなんだけど、その後の急激な増加の理由は、それだけじゃない気がする。


それは、「ブクマのついていないエントリに、ブクマは付けづらい。」ってことなのかなって。


僕は、ウェブ上で「あっ、これ面白いなぁ。」って記事を読んでも、すぐにブクマをつけたりしない。というかできない。なんとなく気恥ずかしいというか、そんな気がして。2件でもまだダメ。3件くらいついてるよオッケーかな?


なんていうんだろう。誰もブクマしていない記事にブクマするのって、なんだか責任を感じるというか、心細いというか。それに対して、たくさんの人がブクマしていると、安心してつけられる。3件っていうのは、この「たくさん」の閾値でもあるのかな?


これって要するに、集団への帰属願望。みんなが重要だって言っていれば、自分もそう考える。考えようと試みる。そうすれば自分が「集団」つまりは「はてな村」の「主流」から外れていないっていう安心を得られるし、なんだか偉くなって様な気さえ起きてくる。

反対に、そこから外れてしまうと、それは「空気が読めない」ことになって、「集団」から制裁が加えられる。これが炎上。


すでについているブクマの数が多いほど、気軽にブクマできる、あるいはブクマしなくちゃいけないって感覚。ある種の思考停止ともいえる感覚。これってみんな持ってるんじゃないかな。そして、これがウェブ上の収益逓増、あるいは格差ないし差異の拡大を招いている一因でもあるんじゃないかな、と思う。


あ、別にそれが悪いとか馬鹿だとかは言いませんよ。僕自身も(あるいは僕だけ?)そうだし。前回も書いたけど、それは当たり前のことだと思っている。

大事なのは、そのことについて自覚的であること。極力自分を保とうとすること。


そんなことを思った。